週刊雑話第172号 「データベース・民族な映画」その1 (平成15年9月20日)

アイリッシュ
□ギャング・オブ・ニューヨーク
2002年米独伊英蘭/監督 マーティン・スコセッシ/主演 レオナルド・ディカプリオ
■ロード・トゥ・パーディション  2002年アメリカ/監督 サム・メンデス/主演 トム・ハンクス  
■1930年代のアメリカ。アイルランド系ギャングのボス、ルーニー(ポール・ニューマン)の屋敷で行われた葬式で、一通りの式が終わった後、アイリッシュ・ダンスで大いに盛り上がる。上半身を真っ直ぐした独特のポーズで女の子が踊っている。ほろ酔い加減でピアノを奏でるルーニーの隣にマイケル・サリヴァン(トム・ハンクス)が座る。互いに指1本で鍵盤をたたく。もの悲しいメロディに聴き入る周囲の人々。この曲がアイルランド民謡やったら完璧やねんけど。残念ながら曲名は知らない。
■ルーニーの息子コナーに妻と次男を殺されたサリバンに、ルーニーは「アイルランドへ帰れ」と諭す。復讐を誓ったサリバンは長男と共にシカゴへ旅立ち、ルーニーの放った殺し屋との壮絶な闘いが始まる。いわば血で血を洗う「ギャング映画」と、父と長男の愛と葛藤を描いた「親子映画」がドッキングしたような映画。相変わらずトム・ハンクスはええ役ばっかりやっとる。(2003.09.20)
■アンジェラの灰  1999年アメリカ・アイルランド/監督 アラン・パーカー/主演 エミレー・ワトソン
■世界恐慌の1930年代。アメリカで知り合ったアイリッシュの夫婦が故郷アイルランドへ帰る。砂をかむような陰鬱とした極貧家庭。栄養不足で赤ん坊が次々に死んでいく。飲んだくれの父が階段上にある小便用バケツをひっくり返すシーン。思わず吐きそうになった。前任校で業者が映画鑑賞の候補として持ってきたがあらすじを読んで95%却下。残り5%の可能性を期待して下見したが鑑賞半ばにして100%却下となった。映画鑑賞には不向きの映画だったが、「アイルランド好き」の自分としては嫌というほど「アイルランド」に浸ることができた映画だった。(2003.09.20)
□フィオナが恋していた頃  1998年アメリカ/監督 ポール・クイン/主演 エイダン・クイン
□恋はワンダフル!?  1998年イギリス・アメリカ/監督 マーク・ジョフィ/主演 ジャニーヌ・ギャロファロ
■タイタニック  1997年アメリカ/監督 ジェームズ・キャメロン/主演 レオナルド・ディカプリオ
■ディカプリオ自身は、父親がイタリア系アメリカ人で母親がドイツ人。果たしてこの映画では、賭けで勝ってチケットを手に入れて三等に乗り込んだ画家志望の青年ジャック(レオナルド・ディカプリオ)は何系として登場しているのか今一度じっくり鑑賞してみる必要がある。当然アイルランド系や思うけど。
■タイタニックはベルファストにある造船所で建造され、映画の中に「この船はアイルランド人が作った」というセリフが出てくる。イギリス・サウザンプトンを出港。フランス・シェルブールを経てアイルランド・クイーンズタウンに寄港して、このとき3等船室に多くのアイルランド人が乗り込んだ。その3等船室でディカプリオとケイト・ウィンスレットがアイリッシュダンスを踊る。タイタニックが沈みゆく中で、助かる見込みがないと悟った3等船室の女性は子供たちを安心させるために「ティアナン・オーク」(アイルランドの童話)を話して聞かせる。「タイタニック」のテーマ曲に使われていたのが、「ティン・ホイッスル」(縦笛)と呼ばれるアイルランド音楽に不可欠な楽器。哀愁あふれる音色やったなあ。そして監督のジェームズ・キャメロンはアイリッシュ。(2003.09.20)
■デビル  1997年アメリカ/監督 ローレンス・ゴードン/主演 ハリソン・フォード
■「1972年 北アイルランド」の字幕が出る冒頭シーン。父と息子が小さな漁船に乗って漁に出る。目がクリクリしてかわいい息子は、母親に編んでもらったであろうアランセーターを着ている。もちろんBGMはアイルランド風。小高い丘の上にある周囲を石積みで囲まれた簡素な家。十字架を切って食事前の敬虔なカトリックの祈りが始まる。父はIRAのシンパ。その息子こそ長じて英国情報局が血眼になって追い続けるフランキー・マグワイヤー(ブラッド・ピット)である。
■1993年ニューアーク空港。ローリー・ディヴァニーと偽名を使ってフランキーがアメリカに入国。出迎えに来たIRAシンパの白人判事(当然アイリッシュ?)の車に乗って、バリバリアイリッシュの警察官オメーラ(ハリソン・フォード)の自宅に到着する。オメーラは判事の親父の部下で、居候するフランキーがIRA行動部隊の幹部であることを知らない。判事ともあろう人間が英国情報局が狙っている人間をかくまうにしてはあまりにも無警戒すぎるのが不自然。
■オメーラとフランキーが酒場で飲むシーン。ビリヤードをしていた友人にオメーラが「彼はローリー・ディヴァニー」と紹介すると、「アイルランド野郎か」「おれは移民局の役人だ。労働許可証を見せろ」とからんでくる。オメーラが「本当はしけたペットショップのオーナーだ」とやり返すと、「何だと」「イタリア人の名誉が傷つく」と応酬。これをきっかけに「イタリアvsアイルランド」のビリヤード合戦が始まる。「アイルランド野郎はバカ揃い」「脳みそがビール漬け」とイタリア勢が悪態をつきながらも、結果は案の定フランキーのプロ並みの技でアイルランドの圧勝。BGMは例によってアイルランド風。同じ「後から来た白人」で「カトリック」の両者は、英語が話せた分アイルランド系の方が早くアメリカになじめたそうだ。ビリヤード合戦のシーンをみて、1994年サッカーW杯予選でニューヨークを舞台に行われた「イタリアvsアイルランド」の試合を思い出す。本国から観戦に来たサポーターに加えてそれぞれをルーツとするニューヨーカーでスタジアムは満杯だった。この時の試合結果は「1−0」でアイルランド勝利。その後イタリアは驚異的な粘りを見せてブラジルとの決勝まで勝ち上がり、最後にエース・バッジョがPKを外して準優勝となった。
■オメーラ3人娘の次女がカトリック教会で堅信式に出席。カトリックにしては装飾の少ない教会だったが、神父は赤地に金の装飾が施された派手な衣装。フランキーもオメーラに買ってもらった(?)セーターにネクタイ姿で出席。「今一度新たな誓いを立てましょう」と神父が言うと、赤いマントを羽織った少年少女が立ち上がる。「悪魔を退けるか」「はい」「彼の誘惑を退けるか」「はい」「聖なるカトリック教会と聖人の教えを信じ罪のあがないと肉体の復活と永遠の命を信じるか?」「はい」・・・・。この間、ずっとフランキーの表情が画面一杯にクローズアップされる。「デビル」という題名はこのシーンから来ているのだろう。
■堅信式が終わってオメーラの自宅で祝賀パーティー。ギター、バイオリン、たて笛の演奏をバックにアイリッシュダンスが始まる。男ら女が手をとって輪をつくるフォークダンス風あり上半身を姿勢良く伸ばして踊るソロあり。やっぱりアイリッシュを描いた映画でこのダンスシーンがなければ何かもの足らない。「アイルランド娘で警官との結婚を望まなかったのは私だけ」という妻とオメーラは熱いキスをかわす。
■オメーラはフランキーの恋人に言う。「彼の気持ちは分かる。彼が耐えてきた苦しみ。私も父親が目の前で殺されたら銃を手にしてきっと戦う」と。恋人からフランキーの居場所を聞き出し現場に急行するオメーラ。なんじゃかんじゃしてフランキーはオメーラに「言ったろ」「アメリカの話じゃない。アイルランドの話だと」という言葉を残す。同じ民族の血が流れていても、北アイルランド紛争の当事者である自分らのことを、アメリカで生まれたアイリッシュは理解できんというフランキーのメッセージは当然ではあるが何となく切ない。(2003.11.11)
■マイケル・コリンズ  1996年アメリカ/監督 ニール・ジョーダン/主演 リアム・ニーソン
■マイケル・コリンズ演じるリアム・ニーソンは北アイルランド出身。少年時代にボクシング・チャンピオンにもなったマッチョマンらしい。ミッキー・ロークがIRAの元メンバーを演じる『死にゆく者への祈り』、アイルランドの古城が舞台の『ブランケット城への招待状』、ディカプリオの親父でアイルランド移民集団デッド・ラビッツのリーダー、ヴァロン神父を演じた『ギャング・オブ・ニューヨーク』など、当然であるがアイルランドがらみの映画の出演が多い。アイルランド以外では、『シンドラーのリスト』のシンドラー(ドイツ人)、『レ・ミゼラブル』のジャン・バルジャン(フランス人)など。
■マイケル・コリンズ一派が立てこもるレンガ建ての長屋が両側に並ぶストリート。「どこかでみた風景やな」と思ったら『アンジェラの灰』だった。ひょっとして同じ場所でロケしたか同じ場所をモデルにしたか。もう一度『アンジェラの灰』を見直す必要がある。
■マイクロソフトの「エンカルタ」で「アイルランド」の項目を見ると、「マイケル・コリンズ」の名前は一言も掲載されていない。共にイギリスと戦ったが後に条約をめぐってマイケルと袂を分かつアラン・リックマン演じる「デ・ヴァレラ」は、一項目扱いで大きく紹介されていた。映画の間、ずっと「『デ・ヴァレラ』の俳優、どっかでみたことあるな」と思っていたが、「goo 映画」で彼の出演作品一覧をみて「ダイ・ハード」の悪役であったことが判明。(2003.09.23)
□彼女は最高  1996年アメリカ/監督 エドワード・バーンズ/主演 ジョン・マホニー
□マクマレン兄弟  1995年アメリカ/監督 エドワード・バーンズ/主演 シャーリー・アルバート
□父の祈りを  1993年アメリカ/監督 ジム・シェリダン/主演 ダニエル・デイ・ルイス
□遙かなる大地へ  1992年アメリカ/監督 ロン・ハワード/主演 トム・クルーズ
■バックドラフト  1991年アメリカ/監督 ロン・ハワード/主演 カート・ラッセル
■アメリカでは今もなお警察官と消防士にアイリッシュが多いといわれる。「腕っ節が強い」「喧嘩っ早い」というWASPから見たステレオタイプ的民族観にぴったりの職業なのか。殉職した警察官や消防士の葬送式でバグパイプが演奏される。消防署員たちのセントパトリックデイのパーティでは、少女らがアイリッシュダンスを披露。(2003.09.20)
□ステート・オブ・グレース  1991年アメリカ/監督 フィル・ジョアノー/主演 ショーン・ペン
■ミラーズ・クロッシング  1990年アメリカ/監督 ジョエル・コーエン/主演 ガブリエル・バーン
■寝室で「ダニー・ボーイ」を大音量で聴いているアイルランド系のボス・レオ(アルバート・フィニー)と、身振り手振りが大げさすぎるイタリア系のボス・キャスパー(ジョン・ボリト)が登場。その間にレオの片腕でインテリの主人公トム(ガブリエル・バーン)が行ったり来たりしてよう分からん映画。トムはギャングとお付き合いがあるにもかかわらず、ケンカはめっぽう弱い。しかし権謀術数にかけては天下一品でそれがより一層映画の内容を複雑なものにしている。
■そのトムがレオを諫めるシーン。レオは年甲斐もなくユダヤ人の若い女・ヴァーナ(マシャ・ゲイ・ハーデン)に惚れて、その弟のバーニー(ジョン・タトゥーロ)というええがげん極まりない奴の世話もしている。トム曰く「彼女は弟のバーニーを守るためにあんたが必要」「だからあんたの女になってる」「計算高い女さ」「先祖も計算高く生まれるガキも計算高い」。この映画の脚本はユダヤ系のコーエン兄弟。
■弟バーニーの埋葬シーン。ラビが身体を前後に揺らしながら祈祷。ヴァーナと結婚したレオはアイルランド系(カトリック)にもかかわらず、後頭部に黒のヤムカをかぶっている。できればユダヤ式の婚礼シーンとか、カトリックのレオがユダヤ人女性と結婚するときに何の障害もなかったのか描いてほしかった。まあ普通、ギャング映画でそこまでやれへんと思うけど。(2003.09.23)
□マイ・レフトフット  1989年イギリス/監督 ジム・シェリダン/主演 ダニエル・デイ・ルイス
■フィールド・オブ・ドリームス  
1989年アメリカ/監督 フィル・アルデン・ロビンソン/主演 ケヴィン・コスナー
■「僕の父はジョン・キンセラ、アイルランド名だ。1896年ノースダコタ州で生まれ、都会を見たのはヨーロッパから帰還した1918年。シカゴに住み着きホワイトソックス・ファンに。1919年のワールド・シリーズは敗戦で泣き、翌年8人の選手の八百長事件で号泣した」で始まる冒頭部分。アイリッシュ的な部分はここだけ。外野のとうもろこし畑から姿を現す「シューレス・ジョー」はいったい何系であったか調べてみたい。ちなみに、ベーブ・ルース、ルー・ゲーリックはドイツ系、ジョー・ディマジオはイタリア系。
■意外なところに民族的な場面が。レイ・キンセラ(ケヴィン・コスナー)が手がかりを求めてシカゴに住む作家テレンス・マン(ジェームズ・アール・ジョーンズ)を訪ねる。扉を開けて古びた家屋の2階へあがるが、なんとそこの1階がショーウインドに「ダビデの星」が描かれ「HADAR ORTHODOX POULTRY MEATS」とある店舗。ユダヤ教の「コーシャ」を取り扱った店なんだろうか。なんでわざわざ1階をその店にする必要があったのか。監督の意図を知りたい。(2003.09.23)
■ファミリー・ビジネス  1989年アメリカ/監督 シドニー・ルメット/主演 ショーン・コネリー
■犯罪の血で結びついた父・ジェシー(ショーン・コネリー)、子・ヴィト(ダスティン・ホフマン)、孫・アダム(マシュー・ブロデリック)の姿を描くドラマ。「アイリッシュ」の映画と思っていたら冒頭シーンはなんとユダヤ教の「過越の祭り」。どうやらヴィトの嫁エレーンがユダヤ人のようで、彼女の両親がニューヨークの下町・ブロンクスの老朽アパートに長年住んでおり、そこで行われた「過越の祭り」でヴィトとアダム(MITの修士を中退)は久しぶりに再会する。アダムがヘブライ語で祈祷するシーンではヴィトとアダムは後頭部にヤムカをかぶっているが、直前に義父がヴィトに「改宗したらどうだ」と言っていることから以下のことを勝手に想像した。
(1)この家はユダヤ教でも比較的穏健な改革派である。
(2)アダムは母親の影響を受けてユダヤ教徒として育てられた。赤ん坊のときに割礼も済んでいる。
(3)ヴィトの父は演じるショーン・コネリーと同じくスコットランド出身。母はシシリー生まれのイタリア系。よってヴィトはカトリックもしくはプロテスタント。ヴィトがエレーンに一目惚れして結婚を申し込んだと思われるが、宗教の違いから両家、特にエレーンの両親は猛反対したに違いない。食事中にヴィトは「最初”異教徒”は出入り禁止だった」とぼやいている。しかしアダムが生まれてから徐々にその気持ちも和らぎ、今となっては話のついでに「改宗したらどうだ」と言えるようになった。
■警官を殴って刑務所に入っていたジェシーが裁判所で尋問されている。警官を殴った理由に「民族」を持ち込む。「母が生粋のチェロキー族で」(もちろんウソ)、それをきいた警官が「騎兵隊が皆殺しできず残念だ」と言ったのでカットきて殴ってしまったと黒人女性の裁判長に平然と答える。他にも「バングラディシュの移民にチップを弾まんとな」とか「ポーランド人と(泥棒を)組み27ヶ月食らった」など、ジェシーの口から「民族」がボコボコに出てくる。多民族国家アメリカにおいて、当該民族をルーツにもつ客はどんな気持ちでこの映画を観ているんだろうか。
■ジェシーと孫アダムがニューヨークの港が見える店で食事をしている。ジェシーが「あそこから上陸した」と遠くを指差す。おそらくエリス島だろう。ジェシーは「スコットランドの血を大切にな」と孫に言う。シシリー生まれの嫁さんの影響で子供は「ヴィト」というイタリア風の名前になり、背が低いのも(実際3人の中でヴィト役のダスティン・ホフマンが一番背が低い)母親の血を受け継いだからだと孫に教える。
■「斎場でのご飲食はお断りします」の注意書きの前にウイスキーのボトルや紙コップが転がっている。昔ジェシーがさんざん世話になった警官で退職後はアイリッシュ・バーを経営していた老人のお通夜のシーン。明らかにカトリック風。参列者に複数のシスターが。出席した父・子・孫の3人は「マクマレン家に」と自らのファミリーに乾杯して末席で家業(泥棒)の話を進める。ちなみに泥棒の話はアダムが通っていた大学の中国系教授から持ち込まれた。中国系(演じる俳優の顔がこれがまた狡猾そのもの)にした意図は何か。
■さきほどまで「お通夜に酒の持ち込みはやめてくれ」と怒っていた老人がビールを一口飲んで、長老らしき2人の老人に締めてもらう。歌はもちろん「ダニー・ボーイ」。
 「ああ ダニーよ バグパイプが呼ぶ 谷から谷へ そして山腹を下る 夏は過ぎてバラはみな散った 君は去りゆき私は息をひそむ 君は戻ろうか 夏のあの草地に 静まり返った白い雪の谷間に 私はここにいよう 照る日も曇る日も ああダニーよ 君を深く愛すればこそ」。途中でハモったり全員のコーラスがあったり長老の独唱があったりで聴き応え抜群。途中アダムが「アイルランド風?」と問いかけ祖父ジェシーが「そう昔からのな」と答える。
■ジェシーの葬送式をビルの屋上で行うラストシーン。「AIWA」の段ボールに入った景品が配られ、泥棒の葬式に何故か警官も多数出席。お決まりの「ダニー・ボーイ」を全員で合唱する。どう考えても映画の雰囲気は首尾一貫して「アイルランド風」。よってジェシーが孫のアダムに「スコットランドの血を大切にな」というのが解せない。今一度じっくり映画を見直す必要がある。(2003.09.26)
■参考文献で紹介した『世界人名ものがたり 名前でみるヨーロッパ文化』よりショーン・コネリーについて。
○スコットランドの首都・エジンバラ近郊で生まれる。「Sean Connery」の本名は「Thomas Sean Connery」。イングランド的な響きがある「Thomas」に対して、ミドル・ネームの「Sean」はスコットランド的な響きがある。フランスの「ジャン(Jean)」から変化した名前で、英語名「ジョン(John)」に対応している。洗礼者ヨハネにあやかると考えられているこの名前は、キリスト教圏のどの地域でも人気のある名前で、「Sean」はスコットランドに多い男性名。イングランド的な「Thomas」でなく、スコットランド的な「Sean」を芸名として使っていることに、彼のスコットランド人魂を感じることができる。
○「Connery」はアイルランド人の神話に登場する狼犬「cu」から派生した名前。アイルランドでは伝説上のタラの王に由来する姓と考えられている。アイルランド系スコットランド人として次第にスコットランド独立運動に傾斜するようになり、スコットランド民族党の活動家として知られる。(2003.10.10)
■スコットランドでは1700年代末になると工業化がはじまり、19世紀を通じてスコットランドは農業国から工業国へと変身。低賃金で働く工場労働者を必要としていた。そんなときに隣のアイルランドではジャガイモ飢饉による人口流出が続き、多くのアイルランド人がアメリカと共にスコットランドにも移住した。ショーン・コネリーの先祖もこの時代にスコットランドに移住した一人なのかもしれない。(2003.10.10)
■2000年7月、エジンバラでショーン・コネリーがエリザベス英女王からナイトの爵位を受けた時。これまで英国の爵位を辞退してきた彼は、スコットランドの民族衣装キルトを身につけて授与式に臨んだ。ようやく「女王陛下の007」となった心境について「スコットランドと私にとって大変な名誉だ」と述べたという。筋金入りだ。そんな彼のことだから、映画の中で勝手に「スコットランドの血を大切にな」というセリフをねじ込んだのではないか。(2003.10.10)
□プリンス・オブ・シティ  1981年アメリカ/監督 シドニー・ルメット/主演 トリート・ウィリアムズ
□候補者ビル・マッケイ  1972年アメリカ/監督 マイケル・リッチー/主演 ロバート・レッドフォード
□ライアンの娘  1970年イギリス/監督 デイヴィッド・リーン/主演 ロバート・ミッチャム
■男の闘い  1970年アメリカ/監督 マーティン・リット/主演 リチャード・ハリス  
■1870年代のペンシルバニア州の炭坑が舞台。当時の炭坑での作業工程や劣悪な労働環境の中で採掘に従事する労働者の様子を知りたければ最適の映画。当然その労働者はアイリッシュ。参考文献で紹介した『民族で読むアメリカ』には、「工業上の熟練を欠くアイルランド系移民は、アメリカ産業社会の底辺に入り込み、建設労働者、雑役夫、不熟練工場労働者になり、アメリカのスラムの最初の住民となった」とある。当然労働者が多いため、組合活動の中核を担うようになる。そんな組合の中で過激な破壊活動をしていたのが映画の中に出てくる「モリー・マグワイアズ」で大将格がジャック・キオー(ショーン・コネリー)。当局は組織壊滅をもくろみ密偵ジェームズ(リチャード・ハリス)を炭坑に送り込む。
■ジェームズは酒場で喧嘩をして腕っぷしの強いところを労働者たちにみせつける。アイリッシュの映画では定番の殴り合いシーン。地元警察署長がわざとジェームズの頭を殴って警察に連行する。そのときの会話。
署長「ケンカから入るのは名案だったよ。一目置かれた。ここでは腕力がものを言う。いかれた連中だよ。ストで負けたが火薬で勝つ気だ」
ジェームズ「それがアイルランド人だ」
署長「分からないね」
ジェームズ「警部はウェールズ人だから」。
 アイリッシュの密偵が同じアイリッシュの組合ギャングを捜査するということ。続けて署長は自信たっぷりのジェームズに対して「甘く見るとやられるぞ」と釘を刺す。それに対してジェームズは「失敗はしない。この国では苦労ばかりつらい道を歩んできた。貧乏はもうたくさんだ。どん底から見上げるだけの人生はごめんだ。見下ろしたい」と答える。激しい差別と悲惨なゲットー暮らしの中で育まれた旺盛なハングリー精神がみえる。上昇志向が強いアイリッシュは、アメリカに移民した早くから政治に進出、地方政治の面ではアイリッシュに牛耳られる傾向があったという。
■「アイリーン・アルーン 早咲きのばらの花のような アイリーン・アルーン 幼さを残したままの アイリーン・アルーン王冠のような その花の つぼみがほのかに色づく うちの女王は手ごわいぞ 野心家だから アイリーン・アルーン 美しい谷を知っていた アイリーン・アルーン 谷にある小屋へ」。ジェームズが宿泊している宿屋の娘が口ずさむ歌。「アイリーン・アルーン」と「Google」で検索しても分からなかったが、当然アイルランド民謡(?)。
■他に、緑色のユニフォームを着たアイリッシュ労働者チームと青色(青色はスコットランドとちゃうか?)を着たウェールズ労働者チームが、えげつなく激しいラグビーの試合をするシーンや、カトリック信仰の深いアイリッシュ労働者が日曜日に教会に集うシーンなど。そこの司祭はジャック・キオーをにらみながら破壊活動の無意味さを説教するが、「モリー・マグワイアズ」のメンバーによる破壊活動は終わらなかった。(2003.09.26)
□波止場  1954年アメリカ/監督 エリア・カザン/主演 パット・ヘニング
□長い灰色の線  1954年アメリカ/監督 ジョン・フォード/主演 タイロン・パワー
□シェーン  1953年アメリカ/監督 ジョージ・スティーヴンス/主演 アラン・ラッド
□静かなる男  1952年アメリカ/監督 ジョン・フォード/主演 ジョン・ウェイン
□黄色いリボン  1949年アメリカ/監督 ジョン・フォード/主演 ジョン・ウェイン
□アパッチ砦  1948年アメリカ/監督 ジョン・フォード/主演 ジョン・ウェイン
□わが谷は緑なりき  1941年アメリカ/監督 ジョン・フォード/主演 ウォルター・ピジョン
■風と共に去りぬ  1939年アメリカ/監督 ヴィクター・フレミング/主演 ヴィヴィアン・リー
■参考文献からこの名作がアイリッシュに非常に関係していることが分かった。何の知識もなく『風と共に去りぬ』を観たのが大学1年生。ラストでどん底に落ちたスカーレット・オハラ(ヴィヴィアン・リー)が故郷のタラを思いだして「Tara!」「Home」「I will go home!」「Tomorrow is another day」と言うシーンに、訳も分からず感動したのだけ覚えている。今一度改めてじっくり鑑賞しなおす必要がある。(2003.09.20)
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