| 週刊雑話第172号 「データベース・民族な映画」その1 (平成15年9月20日) |
| ■戦場のピアニスト 2002年ポーランド・仏/監督 ロマン・ポランスキー/主演 エイドリアン・ブロディ |
| ■逃げて逃げて逃げまくる主人公・シュピルマン。有名なピアニストであるがゆえに、収容所行きの列車に乗らずにすむは、ポーランド人パルチザンに部屋を提供してもらうは、廃墟で出会ったドイツ人将校に助けられるは(メシの差し入れまでしてもらう)、まさに「芸は身を助ける」という典型。車椅子の老人を階上のバルコニーからそのまま落とす衝撃的な場面が今も目に焼き付いている。ドイツ降伏後、ホロコーストの中を生き抜いたシュピルマンがいかにして復活したかをちょっとでもいいから描いてほしかった。いきなり温そうな背広着てスタジオでピアノやからなあ。「生き残った」ユダヤ人の苦悩も想像を絶するものがあったはず。また戦後、ポーランド人のユダヤ人に対する態度は、などなど。(2003.09.20) |
| □バティニョールおじさん 2002年フランス/監督 ジェラール・ジュニョ/主演 ジェラール・ジュニョ |
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| ■ザ・ロイヤル・テネンバウムズ 2001年アメリカ/監督 ウェス・アンダーソン/主演 ジーン・ハックマン |
| ■「民族」という分野にこだわって映画鑑賞している自分であるが、映画の本質に迫ったコメントが書けるほど頭脳的な映画ファンでもない。「これは何を意味しているのか」「これは何を皮肉っているのか」などと字幕を読んで深読みしてたら、頭が疲れて見るのがイヤになってくる。『ロイヤル・テネンバウム』は「今のはどういう意味?」と首をかしげるシーンがてんこ盛りだったが、何度かそのシーンを見直してようやく監督の意図が分かるようになってきた映画だった。 ■極端な子育てによって幼くして天才となった3人の子供たちは、家庭の崩壊を経て今や昔の面影もなく落ちぶれている。例えば妻を飛行機事故で亡くした長男チャスは、極度の神経質に陥り火事に備えて夜中に自宅で避難訓練を実施。ストップウォッチ片手に子供に「エレベーターは使うな」と絶叫しなが階段を駆け下りる。マンション玄関前に到着したのが4分48秒後。上半身裸とパジャマ姿の子供2人にはさまれ、「皆死んでる」「カリカリに焼けてな」とつぶやく様は滑稽でなおかつ哀れでもある。この長男は久しぶりに会った父ロイヤルにことごとく反発するが、最後に和解して「つらかったんだ 父さん」と初めて本心を打ち明けるシーンがある。この直前に飛行機事故で生き残った犬がクルマに轢かれたが、すぐに父がどこからか犬を連れてきてチャスに渡す。「死んだ犬」と「新しい犬」は何を意味しているのか。これも2回目の鑑賞で初めて分かった。みなさんも一度ご覧下さい。 ■自分にとって最も興味のある「民族的な」部分は、映画後半に離婚した妻エセルの結婚式にロイヤルが招待され、元自宅の玄関で司祭に「私は半分ユダヤ系」「子供はほぼカトリック」と言う場面のみ。ラストにあるロイヤルの葬送式で周囲にあった墓石のほとんどがケルト十字(○と+が合体)であったことと、ロイヤルの母の墓石に「HELEN O'REILLY TENENBAUM」とあり苗字から判断してアイルランド系であることから、ロイヤルはユダヤ系の父とアイルランド系の母の間に生まれ、しっかりもの(?)の母親の影響を受けてカトリックを信仰していると断定。 ■ロイヤルとインド人従僕の関係がおもしろい。「彼は命の恩人だ」「30年前にインドのカルカッタで刺されたとき、病院に運んでくれたのが彼だ」と孫(チャスの子供2人)に紹介する。孫が「刺したのは誰?」と聞くと「彼だ」と答え、従僕も「そうだそうだ」とうなずく。なにかにつけてロイヤルを陰で支える献身ぶりは主従の関係を超越した「同志」ともいえる濃密さで、家を追い出されYMCAで泊まるときもホテルにエレベータボーイとして就職するときも一緒である。家族には理解されなかったロイヤルの「愛」や「優しさ」を、家族でないこの従僕だけが理解できたのかもしれない。この二人の関係を深読みすれば、「家族との関係を良好に保つことは他人との関係よりもはるかに難しい」という監督のメッセージではないか。(2003.10.03) |
| □夏休みのレモネード 2001年アメリカ/監督 ピート・ジョーンズ/主演 アディ・スタイン |
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| □名もなきアフリカの地で 2001年ドイツ/監督 カロリーヌ・リンク/主演 ユリアーネ・ケーラー |
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| □神に選ばれし無敵の男 2001年独・英/監督 ヴェルナー・ヘルツォーク/主演 ティム・ロス |
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| ■X−MEN 2000年アメリカ/監督 ブライアン・シンガー/主演 ヒュー・ジャックマン |
| ■最近続編の「X−MEN2」が公開されたが、なぜか「X−MEN」関連のホームページがない。不思議だ。 ■近未来映画のはずが意外な冒頭部分にびっくりする。1944年ポーランド。降りしきる雨の中、ボロを着た一団がずぶぬれになりながら歩いている。胸には黄色のダビデの星。近くで作業している労働者は青の縦縞模様。腕には5桁の識別番号が刺青されている。まちがいなくユダヤ人収容所の光景だ。ドイツ兵がユダヤ人の列に入って右へ左へと選別している。父母にはさまれて歩いていた少年が二人と引き裂かれてしまった。少年はなんとか近づこうともがくが人の群れに飲み込まれてどうすることもできない。父の制止を振り切って息子の元へ戻ろうとする母。その姿を見て逆戻りした少年は、母に届けとばかりに手を思い切り伸ばす。無情にも二人の間を裂くように頑丈な鉄扉が閉じられる。それでも諦めずに泣き叫んで手を伸ばし続ける少年をドイツ兵数名が担ぎ上げて戻そうとしたが、逆に鉄扉にぐいぐいと引き寄せれられる。ドイツ将校が少年の頭部を拳銃で殴打して気絶させる。少年の身体から出た理解しがたい力に呆然と立ちつくすドイツ兵たち。ふと鉄扉に目をやると、扉の上部は手前に折れ曲がりかろうじて真ん中の横棒でつながっていた。この少年こそが将来のマグニート(ミュータントのボス)である。 ■映画の中でミュータントと呼ばれる超人が登場するが、特殊な能力を持っているがゆえに社会から差別され危険視されてる。ミュータントをテーマにした公聴会で「ここにミュータントのリストがある」と暴露するケリー上院議員は、戦後アメリカ社会に吹き荒れた「赤狩り」の先頭に立ったマッカーシー上院議員そのものである。「赤狩り」で追放された映画人の中にハリウッドで活躍する多くのユダヤ人がいた。人間との共存を願うプロフェッサーXと、人間を憎みミュータントによる支配をもくろむマグニートを登場させることで、この映画は単なる近未来アクション(アクションとしては見所はさほどない)にとどまらず何か重たいものを観客に訴えたかったのだろう。(2003.09.30) |
| □ふたりのトスカーナ 2000年イタリア/監督 アンドレア&アントニオ・フラッツィ /主演 イザベラ・ロッセリーニ |
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| □僕たちのアナ・バナナ 2000年アメリカ/監督 エドワード・ノートン/主演 ベン・スティラー |
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| ■耳に残るは君の歌声 2000年英・仏/監督 ハリー・ポッター/主演 クリスティ−ナ・リッチ |
| ■ロシア(字幕では「1927年・ロシア」とでるが年代から察するに「ソ連」の間違いでは)で吹き荒れるユダヤ人迫害の中で、父は「必ず迎えに来る」と約束して単身アメリカへ。村が焼き討ちされ、幼い娘は唯一の肉親である祖母と生き別れ、ひとりでイギリス、フランスを渡り歩く。ニューヨークのユダヤ人が経営するクリーニング店で、成人した娘が父の写真をみせて消息を訪ねるシーン。店主が「『ロシアで母や娘を殺された』『だから神なんか信じられない』と言っていた」と娘に告げる。ユダヤ人迫害を生き抜いた人の中で、「なぜ神はここまでの試練を我々にお与えになるのか」と信心深かった人が神に対して懐疑的になってもおかしくはない。すべての過去を捨て去って父「アブラモヴィッチ」は名前を「エイブラハム」に変えて西海岸・ハリウッドへ。まさに「父を訪ねて三千里」の娘は映画のプロデューサーとして大成した父と再会する。 ■父の歩んだ道は、ハリウッドで活躍した多くのユダヤ人の典型的なパターンなのかもしれない。ユダヤ教徒は「正統派」「保守派」「改革派」の三派に分類されるが、それに「無関心派」「無信心派」などを加えてアメリカでの分布を調査したらどんな結果が出るだろう。ニューヨークを中心とする東海岸と西海岸ではかなりの温度差があると想像されるがどうだろうか。 ■映画ではヨーロッパにてユダヤ人と共に迫害の対象となった「ロマ」も登場。幌馬車が集結するパリ郊外の空き地。かがりびの火が周囲を照らし楽器を持った男たちが演奏会を開く。映画の中でもっとも印象に残っているシーンだ。(2003.09.20) |
| □聖なる嘘つき 1999年アメリカ/監督 ピーター・カソヴィッツ/主演 ロビン・ウィリアムズ |
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| □リバティ・ハイツ 1999年アメリカ/監督 バリー・レヴィンソン/主演 エイドリアン・ブロディ |
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| □太陽の雫 1999年カナダ・ハンガリー/監督 イシュトヴァーン・サボー/主演 レイフ・ファインズ |
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| ■ライフ・イズ・ビューティフル 1998年イタリア/監督 ロベルト・ベニーニ/主演 ロベルト・ベニーニ |
| ■「戦場のピアニスト」を鑑賞した後に「ライフ・イズ・ビューティフル」をみたからか、収容所でのドイツ兵の「ぬるさ」に違和感を持った。問答無用にユダヤ人の額を撃ち抜くドイツ兵のイメージは「ライフ」を見る限りほとんどない。故に映画を見ている最中の「不快感」「緊迫感」がないので落ち着いて鑑賞できるメリットと、「ほんまにこんな大らかやったんやろか」という懐疑心が消えないデメリットがある。労働現場へ移動途中、主人公と子供が放送室に入って妻へ語りかけるシーン。いつものドイツ兵なら草の根をかきわけてでも犯人を捜し出し、親子とも即刻銃殺刑になっていたはず。映画ではなんのおとがめもない。最後まで希望を捨てずに子供を励まし続けた主人公の明るいキャラクターを考慮して、「戦場」のように虐殺シーンをシビアに描く必要がなかったかもしれない。イタリア系ユダヤ人が収容されたところは他と比べてぬるかったんだろうか。 ■以下9月14日毎日新聞より。 失言が相次ぐイタリアのベルルスコーニ首相が、第二次大戦時の伊ファシスト政権の独裁者ムソリーニについて「だれも殺害せず、情け深い指導者だった」と語っていたことが明らかになった。ムソリーニ政権時の人種差別法によって多数の犠牲者を出したユダヤ系市民らから激しい抗議の声が上がっている。(中略) 首相はこの中で、イラクのフセイン前大統領と比較しながら「ムソリーニはだれも殺害せず、現在はリゾートになっている離島に追放しただけ。情け深い指導者であり、戦況が悪化するまで高い人気を誇っていた」との持論を展開した。これに対し、ファシスト政権の反ユダヤ法(38年制定)により、近親者をナチスドイツの強制収容所に送られたユダヤ系イタリア人団体が激しく反発。ファシスト党に起源を持つ中道右派現政権与党「国民同盟」も「極右脱却」を進めてきただけに「記者の誤りであることを望む」(アレマンノ農相)とショックを隠さなかった。 ■以上の記事だけではイタリア系ユダヤ人がどこの収容所へ送られたか分からないので、今後何らかの方法で調べたいと思っている。それにしてもイタリアでも日本でも失言を失言と思っていない政治家が、重い地位についている危険性を感じざるを得ない。(2003.09.20) |
| □しあわせ色のルビー 1998年アメリカ/監督 ボアズ・イェーキン/主演 レニー・ゼルウェッガー |
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| □プラトニック・ゲーム 1996年アメリカ/監督 ビリー・ホプキンス/主演 クレア・デーンズ |
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| □シンドラーのリスト 1993年アメリカ/監督 スティーブン・スピルバーグ/主演 リアム・ニーソン |
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| □刑事エデン 追跡者 1992年アメリカ/監督 シドニー・ルメット/主演 メラニー・グリフィス |
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| □青春の輝き 1992年アメリカ/監督 ロバート・マンデル/主演 ブレンダン・フレイザー |
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| □殺人課 1991年アメリカ/監督 デヴィット・マメット/主演 ジョー・マンテーニャ |
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| ■バグジー 1991年アメリカ/監督 バリー・レビンソン/主演 ウォーレン・ビューティー |
| ■この類の映画を見たあとに「俺はほんまに平凡な男でよかったなあ」といつも思う。金と権力、そして女。あらゆる欲望を気の向くまま満たしてきたユダヤ系ギャングのボス、「バグジー」ことベンジャミン・シーゲル(ウォーレン・ビューティー)も、最も平凡なはずの家庭での安らぎや幸せを手に入れることはできなかった。「完全にイカれてやがる」バグジーが何度も見せる狂気や経済観念のなさは、基礎工事を手抜きした豪邸が軽微な地震で揺れまくっているような不安定さに似ている。こちらも狂気一歩手前の新人女優バージニア・ヒル(アネット・ベニング)と激しい恋に陥り、バグジーはレストランで妻に離婚話を切り出す。激怒した妻が娘2人と共にタクシーに乗車して去っていくのを呆然と見つめるバグジー。銃弾を敵にあびせたあとも表情ひとつ変えない冷徹な殺人鬼も、さすがにこの時ばかりは精神的に参ったに違いない。以前にも増して何かに取りつかれたようにラスヴェガスにて無謀なホテル建設とバージニアに没頭。バグジーの組織を無視した目に余る無軌道ぶりに、ニューヨークのロウアー・イースト・サイド時代からの盟友のランスキー(ベン・キングスレイ)は最も辛い方法を選択せねばならなかった。 ■「イタリア系」で紹介した『モブスターズ』では、1910年代のニューヨーク、ロウアー・イースト・サイドで過ごした少年時代から描いているが、『バグジー』は1940年前後(?)から。途中、ムッソリーニ殺害(1945年4月)を知らせる新聞や日本の敗戦(同年8月)を伝える号外が登場する。 ■とあるダンスパーティーにて。知り合った伯爵がムッソリーニと親友であることを、今やハリウッドのギャングスターとして活躍している幼なじみジョージ・ラフト(ジョー・マンティーニャ)に教えてもらう。「伯爵と2人でガス室のジョークでも話してるのか」「ヒトラーの相棒だ」「我々の敵だ」「なぜムッソリーニの仲間が自由にこの国に?」とこだわるが、同時にバージニアにも色目を使いボーイを通じて指輪をプレゼントする忙しさ。ムッソリーニと友人関係にある伯爵を、ユダヤ人として許せなかったのか、アメリカ人として許せなかったのか。それともムッソリーニに対して何かすることで英雄になりたかったのか。ユダヤ人であるはずの幼なじみがWASP風に改名していることに注目。「イズール・ダニエロヴィッチ」を改めた「カーク・ダグラス」、「ベルナルド・シュワルツ」の「トニー・カーティス」、「ヴァルター・マトゥシャンスカヤスキー」の「ウォルター・マッソー」、「ドリス・カップルホッフ」の「ドリス・デイ」などなど。 ■バージニアとバグジーが互いに「一緒にコニーアイランドへ行きたかった」というシーンがある。『アニー・ホール』しかり、『敵、ある愛の物語』しかり、よほど「コニーアイランド」とはユダヤ系になじみの深い場所らしい。働きづめの日々を送っていた貧しい移民にとって、当時の「コニーアイランド」とはちょっと贅沢ができるあこがれの場所だったのかも。砂浜沿いに延々と続くボードウォーク。今やノスタルジックを感じさせるかわいい遊園地。電車で40分ぐらいのマンハッタンからもっとも近いビーチ。関西でいえば須磨や戦前の大浜公園みたいな場所(?)。1916年創業の「ネイザンズ」はニューヨークで一番古いホットドッグ店。映画が生まれた1890年代から撮影の舞台となったコニーアイランドに一度行ってみたい。 ■娘の誕生日にバグジー自らケーキを作っている場面。久しぶりの一家団欒に妻の顔もほころんでいるが、そこへランスキーとチャールズ・ラッキー・ルチアーノ(イタリア系:『モブスター』の主人公)らがホテル建設の件で訪ねてくる。娘らはなかなか戻ってこないバグジーに業を煮やして部屋に閉じこもる。ホテル建設の夢を仲間に語り、へそを曲げた娘らをなだめつつ、ロサンゼルスのコーエン(ユダヤ系の一匹狼ギャング)からの電話に「何があっても彼女(バージニア)をみつけるんだ」と指示したり。イタリアへ行きムッソリーニ暗殺を計画していることをランスキーに打ち明ける。「やつらは地球上のユダヤ人を抹殺するつもりだ」「俺がやらなきゃ誰がやる」と熱弁をふるうが、いつものようにランスキーは冷静に応える。「いいかベン。今のは誰にも言うんじゃない」「まともな人間がその話を聞いたら君の信用は終わりだ」。ランスキーは1902年ポーランド生まれ。バグジーは1906年NYブルックリン生まれ。1918年にロウアー・イースト・サイドで知り合って以来、4歳下の「完全にいかれてやがる」バグジーをランスキーはいつも保護者のように気にかけてきたのだろう。この時、ランスキーは「泣いて馬謖を斬る」日がくることを想像できたであろうか。(2003.10.08) |
| □逆転無罪 1991年イギリス/監督 ケン・ラッセル/主演 リチャード・ドレイファス |
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| ■敵、ある愛の物語 1989年アメリカ/監督 ポール・マザースキー/主演 ロン・シルヴァー |
| ■戦後間もないニューヨークのコニー・アイランドが舞台。収容所や迫害の中で奇跡的に生き残ったユダヤ人の男1人と女3人(ひとりはポーランド人)が登場。生死をさまよう極限状態を経験した4人はそれぞれ精神的に不安定。男はナチに追われている幻覚に襲われ、突然激怒して絶叫するエキセントリックな女(男の愛人)は収容所で焼き印された認識番号を腕にもつ。二人の子供を収容所で失い死体の中をはい上がって生き抜いた女(男の前妻)は、子供らが枕元にたつ夢を今でも見る。男と同居している非ユダヤ人のポーランド娘は、ドイツ兵に殴られながらも馬小屋に隠れている男の命を救った。男を愛し子供がほしくて自分もユダヤ教徒になろうと努力しているが、浮気性な男に常に焼き餅を焼いている。ユダヤ人である男1人と女2人は、ユダヤ教に背を向けて神を信じていない。 ■日本では最近になってようやく「心のケア」が叫ばれるようになったが、今から数十年前に収容所や迫害の中で生き残ったユダヤ人に対して「心のケア」なんて発想自体、おそらくなかったと思われる。映画に登場する男女のように、幻覚に襲われたり情緒不安定になる「心の病」に悩んだ人は多かったのではないか。異常なまでに異性に安らぎを求めたり、神に対して背を向けたりするユダヤ人がいてもおかしくはない。そんなユダヤ人解放後の苦しみを描いた映画だ。 ■「コニー・アイランド」は、ニューヨーク近郊にある海岸に面した遊園地。男のアパートから、ゴンドラが左右に揺れている不思議な観覧車が見える。男も歩いていた板敷きの道「ボードウォーク」が延々続いている。 ■映画には「ロウアーイーストサイド」も登場する。19世紀以降ユダヤ人、プエルトリコ人の移民が多く住んでいる地区でイタリア系も住んでいたらしい。街の一角に「デリカテッセン」のネオンが輝いていた。「デリカテッセン」とは、ドイツ語で「調理済み食品や珍味を売る店」という意味でユダヤ料理がルーツ。1800年代終わりごろ、移住民が最も多く生活するニューヨークに、ユダヤ人のための「故郷の味」を売る店としてデリカテッセンが生まれた。映画に登場する街並みを克明に観察するのもおもしろい。英語と共にヘブライ語の看板があったり、「ダビデの星」のシールをつけたタクシーが並んでいたり。 ■この映画で最大の「ユダヤ的」なシーンは、シナゴークにおける結婚式の場面。朗々と「旧約聖書」(もしくは「タルムード」)を歌い上げるラビ。天幕の下に位置する新郎新婦。新郎の周囲をまわる新婦。安息日の礼拝では、1階に男性が、2階に女性が座っているシーンがあり、このシナゴークが何派の教会か分かる。(2003.09.20) |
| □コルチャック先生 1990年ポーランド・西独・仏/監督 アンジェイ・ワイダ/主演 ヴォイツェフ・プショニャック |
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| □ドライビング・MISS・デイジー 1989年アメリカ/監督 ブルース・ベレスフォード/主演 モーガン・フリーマン |
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| ■エイトメンアウト 1988年アメリカ/監督 ジョン・セイルズ/主演 ジョン・キューザック |
| ■大リーグ史上最大のスキャンダルである1919年に起こったワールドシリーズでの八百長事件がテーマ。当時最強といわれたシカゴ・ホワイトソックスの主要メンバーが賭博師の買収に乗り、負けるはずのないシンシナティ・レッズに5勝3敗(当時9試合制)で敗退。ほぼ1年後に事件が明らかになり8名の名前が挙がる。1920年9月、不法行為の謀議により8人全員の起訴が確定。翌年の8月に無罪判決が出た。しかし裁判の判決とコミッショナーの裁定は異なった結論となり、球界浄化にため8人全員が球界から永久追放となった。その中に、シリーズではハッスルプレーで大活躍したバック・ウイヴァー(ジョン・キューザック)や、在籍13年間の平均打率が3割5分6厘の強打者、シリーズでも両チームの中で最高打率を残したシューレス・ジョー・ジャクソン(D・B・スウィーニー)がいた。 ■この映画では、『ナチュラル』や『フィールド・オブ・ドリームス』で登場したシューレス・ジョー・ジャクソンより、サードのバックの方に重きを置いている。また『フィールド・オブ・ドリームス』のようなファンタジー性は一切なく、八百長事件の裏に不当に安く抑えられた選手の年俸問題があることや、事件後の裁判の場面に多くの時間を割いていることなど、史実を正確かつ武骨に描くことに終始しているので、自分はこちらの方がはるかに興味深く鑑賞することができた。ラストのシーンなどは史実か架空かは別にして、球界復帰を願い続けた2人の気持ちが痛いほど理解できて泣かせる。今や大スターとなったチャーリー・シーンが、八百長に加担する軽薄そうな選手として出演している。 ■映画の中で「ロスティーン」という名で登場する恰幅のいい親分がおそらくアーノルド・ロスタイン。ユダヤ系ギャングで当時におけるニューヨーク暗黒街の最大のボスといわれる。『モブスター』に登場したマイヤー・ランスキーの一世代前ということ。他に映画の中でエスニックを感じる部分はまったくない。しかしベンチで敵にも味方にも下品な言葉でやじりあっているところを見ると、当然それぞれの民族をさすスラングが当時は飛び交っていたのではないか。(2003.10.04) |
| □さよなら子供たち 1988年フランス・西ドイツ/監督 ルイ・マル/主演 ガスパール・マネッス |
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| ■ラジオ・デイズ 1987年アメリカ/監督 ウディ・アレン/主演 セス・グリーン |
| ■場所は雨の風景が美しく記憶に残っている1940年代のロッカウェイ。海に面したNY近郊の町だ。少年ジョーの母は3人姉妹の真ん中。両親と祖父母、伯母夫婦とその娘、結婚を夢見る独身の叔母の計9人の大家族だ。ジョーは公立の地元小学校に通いつつ、赤い煉瓦建てのシナゴークに併設されたユダヤ人学校にも通っており、そこでユダヤ教やユダヤ人の歴史、その言語であるヘブライ語を学んでいる(映画ではこれらの説明はないが)。薄暗い教室でヤムカを被っている先生が生徒に「パレスチナに新国家を建設する運動のための募金活動をそれぞれの町でやりなさい」と奨励。ちなみに、ヘルツルらを中心としてスイス・バーゼルで世界シオニスト機構が結成されたのが1897年。イギリスがパレスチナにユダヤ人の民族郷土建設を承認したバルフォア宣言が1917年。イスラエル建国が1949年。 ■ジョーはラジオ番組「覆面騎士」の秘密指輪の購入資金を手に入れるため、「やむにやまれぬ気持ち」で街頭にて「ユダヤ人国家建設のために献金して」としつこく大人につきまとう。苦労の甲斐あって予想外の金額が集まり、海岸にある木製桟橋の下で悪友に「これで秘密指輪とアイスクリームが買えるよ」と打ち明ける。あとでそれが発覚して、両親と先生からぼろくそに怒られるは叩かれるはで散々な目に遭う。 ■ユダヤの祭日にもかかわらずラジオを大音響で鳴らしている隣家に腹を立てているジョーの一家。伯母「断食の日なのに」/伯父「敬意を払っておらん。空腹にこたえるよ」/母「隣はあがないの日なんか気にもしてないのよ」/従姉「やかましいラジオだけど別に禁じられてはいないでしょ?」/伯父「24時間は明かり1つつけてもいけない。ただ座って断食して祈るだけだ」/従姉「隣はなぜ?」/伯父「アカなんだよ」/伯母「信心がないのよ」「話しに行けば?」/伯父「放火してやりたいがマッチも禁止だ」/伯母「ユダヤ人が神を信じないとは」。 ■「断食」から連想するに、この祭日は「大贖罪日(ヨム・キプール)」で、たいていのユダヤ人は一年間の罪の清算の意味で一日断食をするらしい。隣に怒鳴り込みにいった伯父は1時間後に帰宅。このシーンの会話が爆笑モノ。なんと隣で食事をしてきた伯父は、「隣が正しい。バカげている。罪を贖うために断食だと。おれがどんな罪を犯した?」「唯一の罪は資本家による搾取だよ」「人間と想像上の存在との間に問題はない」「問題は世界の富を握る連中にある」と完全に「アカ」に変身してまくし立てる。伯母は「想像上の存在ですって?神を信じない?」と激怒したが、その直後、伯父はバカ食いが原因で胸が痛み苦しみ出す。心配になった母は重曹を取りに行くが、伯母に「この人には浣腸がいいわ」と馬鹿にされる。そんな伯父であったが、それ以降、共産主義者に転向した訳ではない。 ■通学路の途中に木製らしきジェットコースター(側面に「PLA」の文字が)がそびえる遊園地がある。『敵・ある愛の物語』で紹介した「コニー・アイランド」か。[ここ]をクリックすると現在のコニーアイランドの写真がある。1982年に閉鎖された「Thunderbolt」をロケに使ったのではないか。海岸にある木製桟橋も他の映画で見たような記憶あり。(2003.09.29) |
| □ウォール街 1987年アメリカ/監督 オリヴァー・ストーン/主演 チャーリー・シーン |
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| □ダーティ・ダンシング 1987年アメリカ/監督 エミール・アルドリーノ/主演 ジェニファー・グレイ |
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| □心みだれて 1986年アメリカ/監督 マイク・ニコルズ/主演 メリル・ストリープ |
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| □アメリカ物語 1986年アメリカ/監督 ドン・ブルース |
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| □想い出のブライトン・ビーチ 1986年アメリカ/監督 ジーン・サックス/主演 ボブ・ディッシー |
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| ■ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ 1984年アメリカ/監督 セルジオ・レオーネ/主演 ロバート・デ・ニーロ |
| ■深くこの映画を理解するにはもう一度じっくりと見直す必要がある。とにかく、当時の街並みがしっかり再現されているということで、看板やポスター、壁に書かれた落書きなどに注目して鑑賞した。製作費4000万ドルの半分はこの街づくりに消えたという。(2003.09.20) |
| □カメレオンマン 1984年アメリカ/監督 ウディ・アレン/主演 ウディ・アレン |
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| ■ハドソン河のモスコー 1984年アメリカ/監督 ポール・マザースキー/主演 ロビン・ウィリアムズ |
| ■これを「ユダヤ系」にするか「エトセトラ」にするか大いに悩んだが、最初のシーンが結構印象深かったので「ユダヤ系」とした。日本では政治的配慮(?)で未公開となったので「goo
映画」にはなかったので詳しいあらすじはないが、「ALL CINEMA」とリンクしたので映画のアウトラインはこれを見てほしい。ここで紹介されている「エスニックの混成地帯、ニューヨークを舞台にした人情喜劇」という表現は言い得て妙。図書館でやっとみつけた画像の悪いビデオを見ながら、「これはお借り得やったなあ」と久しぶりに充実感で一杯になった。 ■冒頭は雪が降り積もるソ連・モスクワ。サーカスのサックス演奏者・ウラジミル(ロビン・ウィリアムズ)がバスから降りると、3人の男女がパネルを掲げてたたずんでいる。文字はロシア語で字幕もないので理解不能。しかしパネルに書かれた「ダビデの星」で、彼らが「我々ユダヤ人のソ連からの出国を認めてほしい」と訴えていることがなんとなく想像される。彼らを蹴散らして車の中に押し込めるKGB。一部始終を目撃したウラジミルは彼らが連行された後もしばしたたずんでいた。このときのウラジミルの表情を深読みし、なおかつウラジミルと同居している元喜劇役者だった祖父の道化ぶりと反体制的な態度を加え、ウラジミルがアメリカ亡命後、妹の手紙を届けにソ連で妹の友人だった男が訪ねてくるが自ら「ユダヤ人です」と告白しているのを最後のとどめとして、私はウラジミル自身もユダヤ人でなかったかと80%ぐらいまで断定するがどうだろうか。 ■映画が製作された1984年当時の政治的背景を知ることも大切。以下の年表のように、1979年のアフガニスタン侵攻をきっかけに米ソはかなり緊張関係にあった。 1979年 アフガニスタン侵攻(米ソ関係は次第に悪化) 1980年 モスクワオリンピック(アメリカ、日本など西側諸国がボイコット) 1982年 ブレジネフ死去 1983年 ソ連軍機による大韓航空機撃墜事件(米ソ関係が緊張) 1984年 アンドロポフ死去 1985年 チェルネンコ死去 → ゴルバチョフ書記長就任(ペレストロイカ推進) 1991年12月 ソ連崩壊 ■アメリカ映画であることを差し引いても、崩壊前のソ連の社会主義経済の崩壊や官僚の腐敗を知るには絶好のシーンが目白押し。 ○チェコスロバキア(当時)製のクツを買うのに行列に並ぶ。やっとこさ売り場(陳列棚なし)に着いたらクツは品質の悪そうなやつ一種類しかない。ウラジミル「45だ」店員「売り切れよ」ウラジミル「では46をもらおう」店員「38だけよ」「ひとり2足よ」ウラジミル「では2足もらおう」・・・・・。 ○サーカス団(ニューヨーク公演を控えている)の練習に遅刻してきたウラジミルに、監視役のKGBが「ニューヨークに行きたくないのか」と脅す。さきほどウラジミルが手に入れた2足のクツを見てなんじゃかんじゃと難癖をつけ、ウラジミルから「あなたにプレゼントします」という言葉を引き出す。 ○高架下で目立たぬように駐車している闇のガソリン屋。「ニューヨークで俺は亡命する」とウラジミルに打ち明けた友人が購入した後、車でやってきたソ連の軍人がポリタンクをもってやってくる。 ○しんしんと雪が降る夜。えげつなく長い行列。帰宅後、ウラジミルが手に入れたトイレットペーパー(いかにも品質が悪そうなやつ)を家族に披露すると一堂拍手で大いに喜ぶ。母などはトイレットペーパー3つでお手玉をする始末。ピクルスを祖父に渡すと「ウォー」と目を丸くして大切にビンをなでる。この祖父が元喜劇役者。黒人音楽に傾倒しているウラジミルと「A列車で行こう」を食卓にてセッションするシーンは爆笑モノ。大声で体制批判を連発してウラジミルの父に「逮捕されるぞ」と注意される。祖父を演じたのはエンドロールより「Alexander Beniaminov」(アレキサンダー・ベニアミノフ?)。おそらくロシア系だろう。以下果てしなく続きそうなので中略。(2003.10.01) |
(お願い)誰かロシア語のできる人いませんか。パネルに書いてある意味を教えて下さい。[ここ]までメール下さい。 |
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| □ベイビー・イッツ・ユー 1983年アメリカ/監督 ジョン・セイルズ/主演 ロザンナ・アークェット |
| ■ |
| □愛のイエントル 1983年アメリカ/監督 バーブラ・ストライサンド/主演 スティーヴン・ヒル |
| ■ |
| □ソフィーの選択 1982年アメリカ/監督 アラン・J・パクラ/主演 メリル・ストリープ |
| ■ |
| ■炎のランナー 1981年イギリス/監督 ヒュー・ハドソン/主演 ベン・クロス |
| ■1924年のパリ・オリンピックに出場した2人のイギリス青年が主人公。実話の映画化。大学時代に三宮の阪急会館で鑑賞したが、ヴァンゲリスのテーマ曲ばかり印象に残って内容はほとんど覚えていなかった。昨年の春、久しぶりに鑑賞して「こんな内容だったのか」と初めてストーリーを理解、ほのかな感動を覚えた。 ■ユダヤ人であるハロルド・エイブラハムズが、敬虔なクリスチャンであるエリック・リデルと2人でケンブリッジ大学の校庭を学友たちに囲まれて走るシーン。その騒ぎを上から見ていた学長(?)が、「エイブラハム」という名前を聞いたとたんバカにしたように「ユダヤ人か」と呟く。 ■ハロルドは歌手のシビルに一目惚れしてデートに誘う。自分がユダヤ人であることを告白するが、彼女がウエイターに「いつものを」と注文したら「いつもの」で出てきてそれがなんと豚足。それを見た彼女とハロルドが「あら、いけない」「ははは」と笑いあうシーン。(2003.09.20) |
| □アメリカン・ポップ 1981年アメリカ/監督 ラルフ・バクシ/主演 Gene Borkman |
| ■ |
| □ジャズ・シンガー 1980年アメリカ/監督 リチャード・フライシャー/主演 ニール・ダイアモンド |
| ■ |
| □スターダスト・メモリー 1980年アメリカ/監督 ウディ・アレン/主演 ウディ・アレン |
| ■ |
| □ノーマ・レイ 1979年アメリカ/監督 マーティン・リット/主演 サリー・フィールド |
| ■ |
| □マンハッタン 1979年アメリカ/監督 ウディ・アレン/主演 ウディ・アレン |
| ■ |
| ■アニー・ホール 1977年アメリカ/監督 ウディ・アレン/主演 ウディ・アレン |
| ■1977年といえば今から26年前。自分が高校3年の頃。映画のことに興味がなかった当時、『アニー・ホール』がどういう評価をもらっていたのか知らないが、おそらく今まで見たこともないような映画の手法に世間は賛否両論にあふれたのではないか。その分、現在鑑賞しても全然古くさくない都会感覚にあふれた作品である。 ■「子供の頃の家はブルックリンのコニー・アイランド」「ローラーコースターの下でした」「神経質なのはそのせい」と主人公アルビー(ウディ・アレン)の語り。10年後に上映された『ラジオ・デイズ』(1987年)でもコニー・アイランドのローラーコースターが登場するので、実際にウディ・アレン自身が少年時代にコニー・アイランドに住んでいたんだろう。地図をみると、コニー・アイランドの近くにロシア系ユダヤ人の集住地であるブライトンビーチがある。 ■少年時代にアルビーが教室で女の子にキスをしておばさん先生に怒られるシーンがある。アルビーが先生に反論するがその直後になんと大人のアルビーが現れ机に座ってそれに加担。ならばクラスの生徒に自分の20年後を言わせようと次々に生徒がたってそれに答える。「一流信託会社の経営」「水道工事会社の社長」「精神科医」「前は麻薬中毒で今は中毒治療薬の中毒」「SM趣味」などで、それらしい子役を配しており爆笑モノ。「SM趣味」と言わされた女の子は当時学校や近所でいじめられたのではないかと気になったが。 ■自分が一番気に入っている場面。「あいつ僕のことをユダヤめって」「あいつら夫婦で僕を見て小声でユダヤめって」と怒っているアルビーの声が聞こえるが姿が見えない。「思い過ごしだ」となだめる友人ロブ(トニー・ロバーツ)。「いやよくある事だ」「レコード屋でもいやがらせだ」「金髪のでかい店員がニタクソ笑って『今週のお買い得はワグナーですよ』」「ドイツ嫌いを知っててわざと」・・・・・。最初画面の中で2人の姿を探すがどこにもいない。しばらくして歩道のはるか向こうから2人が並んで歩いていることが判明。ちなみにヒトラーは、ワグナーの「歌劇ニュールンベルグのマイスタージンガー」がお気に入りだったそうな。 ■テニスの更衣室から出てきたアルビーが「それより国がニューヨークを救済しないのは反ユダヤ主義だ」「割礼否定の精神が面白くない」とロブにまくし立てる場面。当時アメリカもしくはニューヨークで何があったのか検証せねば。ロブが「気に食わん奴は皆アンチ・ユダヤにする」と応える。この会話が突然出てくる理由がよく分からないので、今一度見直す必要がある。映画ってほんとうに難しいですね。非ユダヤと思われるロブに言わせている内容はかなり意味深ですなあ。 ■テニスコートで初対面のアルビーとWASPのアニー(ダイアン・キートン)。意気投合してアニーが自宅にアルビーを誘う。容姿や背丈など、どう考えてもこのカップルはアルビーが得をしていると思うが、まあ映画やねんからしゃあない。 「そろそろ帰るわ」(本心でないかも)と言うアルビーをアニーが引き留める。アルビー「もう汗びっしょりで」/アニー「シャワーは?」/アルビー「公共の場ではイヤだ」「人前で裸になるなんて」「同性の目に肉体をさらせない」/(しばらくして)/アニー「本物のユダヤ人ね」/アルビー「光栄です」/アニー「祖母はユダヤ人嫌いよ。もうけ主義だって。ご本人もだけど」・・・・・。アルビーの言ったことを受けて「本物のユダヤ人ね」とアニーは言った。ということは、本物のユダヤ人とは公共の場で人前で裸になることを嫌がる傾向があるのだろうか。それともアルビーが自分の身体の貧弱さを自覚しているから嫌なのか。ほんまにもう一度じっくり見直すことが必要だ。(2003.10.04) |
| □特攻!サンダーボルト作戦 1976年アメリカ/監督 アーヴィン・カーシュナー/主演 チャールズ・ブロンソン |
| ■ |
| □エンテベの勝利 1976年アメリカ/監督 マーヴィン・チョムスキー/主演 ヘルムート・バーガー |
| ■ |
| □グリニッジチ・ビレッジの青春 1976年アメリカ/監督 ポール・マザースキー/主演 レニー・ベイカー |
| ■ |
| □レニー・ブルース 1974年アメリカ/監督 ボブ・フォッシー/主演 ダスティン・ホフマン |
| ■ |
| □パリの灯は遠く 1973年フランス・イタリア/監督 ジョセフ・ロージー/主演 アラン・ドロン |
| ■ |
| □ルシアンの青春 1973年フランス/監督 ルイ・マル/主演 ピエール・ブレーズ |
| ■ |
| □愛の嵐 1973年イタリア/監督 リリアーナ・カヴァーニ/主演 ダーク・ボガード |
| ■ |
| □離愁 1973年フランス/監督 ピエール・グラニエ・ドフェール/主演 ロミー・シュナイダー |
| ■ |
| □屋根の上のバイオリン弾き 1971年アメリカ/監督 ノーマン・ジェイソン/主演 トボル |
| ■ |
| ■さよならコロンバス 1969年アメリカ/監督 ラリー・ピアース/主演 リチャード・ベンジャミン |
| ■同じアリ・マックグロー主演でも『ある愛の詩』とは比べようもない訳の分からん映画。「ミスター・ビーン」のローワン・アトキンソンによく似たどう考えてもさえないニールと、大豪邸に住み自分の部屋にシャワー室まである娘ブレンダ(アリ・マックグロー)がいとも簡単に恋に陥る。お嬢でアリ・マックグローやったらもっとええ男おるやろと文句を言いたくなる。共にユダヤ人。夏のバカンスにニールは厚かましくもブレンダの大豪邸に2週間も泊まり続ける。さすがに部屋は別であるが、夜中になるとニールが抜き足差し足でブレンダの部屋に忍び込む。豪勢な食事を前にしてブレンダの親父から「小食だな」とからかわれているハッキリせんニールが夜だけは異常に積極的だ。ブレンダの兄は背が高く爽やか系の男と思っていたら、ニールに対して妙になれなれしく握手した手をなかなか離さない。しかもすぐにお尻を叩く癖がある。「ひょっとして」と思ったがその方面での話の発展はなかった。 ■当然ピルを飲んでいると思っていたニールは、ブレンダが何の避妊対策もしていないことを知って、「中産階級の賢いユダヤ娘が何の防御策も講じず男と寝るのか」と非難する。ブレンダがボストンのハーバードへ進学して別々になった二人が、久しぶりにホテルの部屋で二人っきりになるが、「ベッサリーをタンスの中で母に見つけられた」ことを巡って激しい口論が始まる。ニールは「なぜ家にベッサリーを残したんだ」「なんでここに持ってこなかったんだ」と女を叱責する。さらに「君は有罪だ」「アレを置き忘れた」と絶叫する。「そこまで避妊具に固執するんやったら自分がコンドームせんかい」と我々日本男児は言いたくもなるが、アメリカのその辺の事情は詳しく知らない。ちなみにアメリカでは1960年にピルが認可され、現在はアメリカだけでなく全世界でもっとも普及している避妊法とのこと。 ■ブレンダは親父からきた手紙をニールに見せそれを男が読む。その内容がまた笑わせる。「お父さんはなぜ大文字を混ぜて書くんだ。『2人いなくては起こらぬ過ちなのだから、お前が彼と離れ大学にいれば必ず立ち直ってくれると信じている。お前の父より』(読んだ後ニールは手紙をベッドに投げ捨てる)」。ニールはまず「お父さんはなぜ大文字を混ぜて書くんだ」と文句をたれているが、この意味が皆目分からない。「大文字を混ぜて書く」ことは何かを意味することなのか。「家の中であれだけベタベタしとるんやから夜に部屋に行くん決まっとるやろ」「二週間も家に泊めた親父も悪い」とまたまた文句も言いたくなるが、個人主義のアメリカやからこの辺の親子事情は詳しく知らない。 ■この世に出た映画を後日もう一度観たくなるのと二度と観たくないのに分けるならばこれは間違いなく後者であるが、唯一評価できるのが後半のユダヤ民族独特の結婚式シーン。ブレンダの兄の結婚式で資産家の両親がここぞとばかにり金をかけた豪勢なもの。白い衣装を着たヘブライ語によるラビの独唱が素晴らしい。天幕の下でガラスコップを新郎が踏んづけて全員が祝福。豪勢な料理に群がる参列者のあさましいこと。「結婚式は飲むに限る」「さあ踊ろう」と「マイムマイム」に似たフォークダンスみたいなのが始まる。肝心な場面は1分程度で終わるが一見の価値あり。(2003.09.30) |
| □天地創造 1966年/監督 ジョン・ヒューストン/主演 マイケル・パークス |
| ■ |
| □質屋 1964年/監督 シドニー・ルメット/主演 ロッド・スタイガー |
| ■ |
| □栄光への脱出 1960年アメリカ/監督 オットー・プレミンジャー/主演 ポール・ニューマン |
| ■ |
| □ベン・ハー 1959年アメリカ/監督 ウィリアム・ワイラー/主演 チャールトン・ヘストン |
| ■ |
| ■十戒 1957年アメリカ/監督 セシル・B・デミル/主演 チャールトン・ヘストン |
| ■とにかくスケールのでかさが印象的。CGのない時代によくぞあれだけの表現ができたなと感心する。出エジプトの後、モーセに率いられシナイ山をさまようユダヤ人。モーセがいない間に奴隷頭デイサンにそそのかされ「偶像」を崇拝するが、その「偶像」がなんか間の抜けたオブジェで笑ってしまった。神が「十戒」を与えるシーンでは、アニメ丸出しの炎が光線となって岩を刻むが、古びた画像の中にうまくとけ込んで何ら違和感はなかった。(2003.09.20) |
| ■十字砲火 1947年アメリカ/監督 エドワード・ドミトリク/主演 ロバート・ヤング |
| ■第2次世界大戦終結後。復員兵のひとりであるモンティ(ロバート・ライアン)は、セントルイスで4年間警察官の経験があることからアイルランド系と思われる。彼がユダヤ人嫌いであることが以下の会話から分かる。サミー殺しの参考人としてモンティが呼ばれたとき、サミーとはバーで初めて会ったと答えた後、 「彼のような奴には会ったがね 分かるだろう 戦争中賢く立ち回っていた奴さ 召集をうまく逃げ回って高級アパートにいい女と・・・・ 分かるだろう 奴らの中にはサミーという名のもいる 名前で分かる」。この場面の字幕は「サミー」とあったが、モンティは「サミュエル」と発音していたので字幕も「サミュエル」にしてほしかった。 ■担当警部フィンレイ(ロバート・ヤング)がモンティを逮捕するため、同じ復員兵のリロイ(ウィリアム・フィリップス)に捜査に協力するよう説得する場面。監督がこの作品で訴えたかったことがここに集約されている。協力をしぶるリロイ(テネシー出身で南部訛りがひどい)にフィンレイは「分かったよ」と諦めつつ、「もう一言いっておきたい」と話し始める。映画のクライマックスとも言えるので、読みたくない人は読まない方がいいですよ。 「100年前アイルランドでジャガイモが大変な不作でアイルランド移民が大勢やってきた 彼らは訛りがひどくほとんどがカトリックで米国各地に住みついた 私はそのひとりを知っている 農民だったが金を貯めて土地を買った 自分を米国人のひとりと思っていたが、ある日、彼の周囲で恐ろしいことが起こってるのを知った アイリッシュ・カトリックに対する激しい憎悪だ 彼はもう米国人ではない 汚いアイリッシュだ カトリックの狂信徒だ こす辛い外国移民だ 彼は当惑した どうしていいのか分からなかった ある日暴徒が彼の教区の神父を往来で襲った 彼がやっと救った その晩彼はバーに立ち寄った バーを出ると空き瓶を持った男がついてきた 殺すつもりはなく殴りつけるつもりだった モンティと同じで憎かっただけだ 20分後私の祖父は死んでた これは学校では教えない歴史だ 米国の本当の歴史だ 私の祖父はアイルランド人なので殺された 祖父だけじゃない 信じられんだろうが事実だ 昨夜サミーはユダヤ人なので殺された 違いがあるか どこか違っているか 憎悪はいつも同じだ 無意味だ 今日はアイリッシュを殺し明日はユダヤ人 次はクェーイカー教徒 次は縞ネクタイというだけで殺される テネシー出身の南部生まれというだけで・・・・」。ユダヤ人に対する差別が現在と比べてはるかに色濃く残っていた時代に、ここまでフィンレイに言わしめた監督のエドワード・ドミトリクであったが、同年に始まった「赤狩り」で非米活動委員会の内密者となり、26人の名前を委員会に密告したという。(2003.11.22) |
| ■紳士協定 1947年アメリカ/監督 エリア・カザン/主演 グレゴリー・ペック |
| ■先日他界したグレゴリー・ペックの初期の作品。「ローマの日」が1953年。「アラバマ物語」が1962年。 ■反ユダヤ主義の記事を書くために「ユダヤ人」でないのに「ユダヤ人」と名乗った主人公。それ以来、周囲の人々の態度が変わったり、恋人との関係がぎくしゃくしたり。戦後間もないアメリカでは、まだまだユダヤ人に対する差別が根強いものであったことが分かる。 ■ヒロイン役として出演しているドロシー・マグワイア。美人なようで美人でない顔(岩石顔)が印象的。 ■エリア・カザンはトルコ生まれのギリシャ人。本名はエリア・カザンジョグラス。子供の頃両親と共にギリシャからアメリカへ移住。『紳士協定』や黒人差別問題に取り組んだ『Pinky』を製作、社会派映画監督として活躍。1950年代、ハリウッドに「赤狩り」の嵐が吹き荒れると、カザンは身の潔白を証明するため共産党員の疑いのある11人の友人を非米活動委員会に売り渡し、ニューヨーク・タイムズ紙に共産党員であることを否定する広告を出す。この裏切りともいえる行為のため、カザンは現在にいたるまで人々から非難される。『波止場』(1954年)や『エデンの東』(1955年)を監督した頃がちょうどその時期か。(2003.09.20) ■エリア・カザン氏死去。以下朝日新聞より。 ○「エデンの東」「欲望という名の電車」などの名作で知られる映画監督で演出家のエリア・カザン氏が9月28日、ニューヨークの自宅で死去した。AP通信などが同氏の弁護士の話として報じた。94歳だった。死因は公表されていない。カザン監督はギリシャ系住民としてトルコに生まれ、幼くしてアメリカに移住した。40年代に演劇「セールスマンの死」「欲望という名の電車」をブロードウェーで演出。その後、ハリウッドの映画界に移り、ユダヤ人差別に切り込んだ「紳士協定」(47年)、社会の不正を暴く若者を描いた「波止場」(54年)でともにアカデミー監督賞と同作品賞を受賞した。47年には、俳優養成所「アクターズ・スタジオ」を設立、マーロン・ブランドやジェームズ・ディーンらを育てた。ただ、こうした演劇・映画制作での名声の半面、反共産主義のマッカーシズムが広がった52年、元共産党員だったカザン監督は議会で証言し、党活動に関係のあった仲間の名を明かしたため、批判を受けた。99年にアカデミー賞名誉賞を受賞した際にも、この「過去」を理由に会場の出席者の約半数が拍手しなかったほか、会場外でも反対運動が起きるなど、異議を唱える声が広がった。(2003.10.10) |
| ■ジャズ・シンガー 1927年アメリカ/監督 アラン・クロスランド/主演 アル・ジョルソン |
| ■『ワンス・アポン・ナ・タイム・イン・アメリカ』や『モブスターズ』では再現された「ロウアーイーストサイド」が舞台となったが、なんといっても『ジャズ・シンガー』は1927年の作品。まさにナマの「ロウアーイーストサイド」が舞台となっている。所狭しと露天が並び、その間をぬうように行き交う人々。ニューヨークを舞台にした映画ではよく登場する鉄道の高架下にも、フリーマーケットのような光景が続いている。 ■ユダヤ教正統派の神秘的な礼拝を見たい人はこの映画が一番。シナゴーグは男女別になっており、1階は男性しかいない。女性は2階にいるのか? 多くの男性は「タリート」と呼ばれる祈祷用ショールを羽織っている。祭壇が開けられ、装飾が施された布に覆われた巻物(トーラー)入れが取り出された。巻物を肩に抱きかかえた男性がゆくっりと通路を歩く。礼拝者たちはその巻物に近づき、自分の肩に掛けている布の端で触れる。教典に触れることは、神の精神に触れることだという。主人公ジェーキー(アル・ジョルソン)の親父が哀愁に満ちたメロディーを付けて祈祷文を読み上げた。礼拝の直前、親父は酒場で流行歌を歌っていた息子ジェーキーを勘当したばかり。息子を失い嘆き悲しむ母親は周りの女性連中に慰められている。 ■数年後、ジェーキー・ラビノウィッツはジャズ・シンガーとなりジャック・ロビンという芸名でシカゴの舞台に立った。ユダヤ的な名前を隠して芸能界でデビューした例のひとつか。両親のもとにジェーキーからの手紙が届く。母親は1900年前後にロシアや東欧から移民してきたユダヤ人なのか、英語が分からず知人に手紙を読んでもらう。「母さん 週給250ドルの仕事につけました」「メアリー・デイルという女性がチャンスをくれたんです」・・・・。オーバーな演技が目に付く母親が思いっきり目をむいて「あの子ったら異教徒に恋してるわ」と心配すると、知人が「どうかな ロージーだって本名はローズマリーだ」と答える。「ロージー」「ローズマリー」についての真意は我々には分からない。ちなみに「異教徒」は字幕では「shiksa」とあり、イディッシュ語(Yiddish)で「白人の女」をさす。 ■その後、ジェーキーは故郷ニューヨークに錦を飾るが、舞台をとるか「贖罪の日」の礼拝をとるかの選択を迫られることになる。詳細は映画をご覧下さい。(2003.11.22) |
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